私が敬愛している宮崎駿さんの金字塔アニメーション映画『千と千尋の神隠し』で、カオナシが、千を気に入り、好きになってもらいたくて、お金をたくさん産み出すシーンがあります。カオナシは、他の人間、やヒトならざる者たちが、お金を出すと喜ぶのをみて、千にもお金を渡そうとします。しかし、千は、お金のために湯屋で働いていたのではなく、名前を取り戻すために働いていたので、「欲しくない。いらない」とカオナシは振られてしまいます
お金でできること、できないこと
お金でできる、もっとも代表的なものは、値段のついているものを買うことです。ウォーレン・バフェットという投資の神様と呼ばれる人とランチをする権利が毎年オークションにかけられますが、2019年は、とある事業家が、なんと5億円で落札したそうです。さらに、最近では、アマゾンの元CEO、ジェフ・ベゾス氏と宇宙旅行をするチケットが30億円で落札されたことが話題になりました。また、寄付やお賽銭、香典やお祝儀など、支援や感謝、お悔やみの気持ちを、お金で表現することが可能です。ちなみに、バフェット氏ランチで発生した収益は、全額、慈善団体に寄付されています。
一方で、宝くじを買う度に、「夢を買ってきた」と表現する友人がいますが、夢や希望、宇宙や太陽などなど、値段がつけられないものは、残念ですが、お金では買えません。
価格と価値
「価格」がついているものは、数字で表現されていて、比較が簡単なので、我々に強い印象を残します。アメリカと日本のGDPが、それぞれ、23兆米ドルと5兆米ドルであれば、アメリカが1年間に作り出すものの「価値」は、日本の4倍以上あるのだな、とわかります。しかし、価格のあるなしと、価値のあるなしは、常に同じとは限りません。海や川、空気など、所有できないものは、取引ができませんので、価格もつきませんが、なくなったらものすごく困るという意味で、我々人類にとっての、その価値の大きさに疑いの余地はありません。
お金というモノサシ
しかしながら、これまでの世界は、お金というモノサシが強力なので、いわゆる「数字が独り歩きする」ということが起こりがちでした。日米のGDP差は歴然ですが、アメリカ人の方が日本人よりも価値があるということとは違います。価値観は、100人いれば100様。お金よりも大切な何か、お金では表現できない大切なこと、お金で表現してしまっては逆にその価値が失われてしまうものなど、そういうものは、市場経済がその勢力を拡大し続けてきた現代においても、まだまだたくさん存在します。合理的な判断を可能にする損得勘定は、必ずしも幸福感情とは一致しない、ということです。
新しいモノサシ
去年の10月に、菅元首相が、「2050年までに脱炭素を実現する」、と宣言してから、様々なメディアで、「CO2」(二酸化炭素)という3文字というか、2.5文字が踊っています。持続可能な発展のためには、気候変動、地球温暖化を食い止めなければいけない。そのためには、人類が排出しているCO2を減らす必要があるということで国際的に合意をしましたので、日本もまた国を挙げて、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの使用率を上げてCO2の排出量を減らしたり、CO2の地中への貯留技術を開発したり、もっと単純には、植樹などによって、大気中のCO2を吸収する量を増やす必要があります。CO2を出すのか、出さないのか、それが問題とされるヨノナカで、新しいモノサシの筆頭候補、それがCO2です。
経済成長と脱炭素は両立できるのか
人口が増えて、経済が成長し、CO2の排出も増やして、その繁栄を謳歌してきた人類ですが、これからは、発展はしたいけれどもCO2は減らしたい、ということになりました。今まで、できなかったことができるようになるためには、何かを変えなければいけません。そのための新しいモノサシとして、CO2を導入しよう、ということなのですが、2つのモノサシを同時に使いこなして、持続可能な発展というものを実現するには、いったい、どうすれば、いいのでしょうか。
明日からベジタリアンになります!?
およそ人間活動のあらゆる局面でCO2は排出されています。火力発電やガソリン車は、いかにもガスが発生していそうなイメージがありますが、その意外性と身近さから何かと話題になりやすいのが牛肉です。牛さんは生きるために、草を食んで、ゲップをしているので、そのことで文句を言われる筋合いはないと思いますが、問題視されているのは、それが、人間が食べるために家畜として飼育している、という点です。スーパーで、牛肉をカートに入れたら、後ろ指を指されるようなヨノナカは、あまり居心地がいいとは思えませんが、牛肉をたくさん食べれば、牛肉はたくさんつくられるようになりますので、CO2もたくさん出てしまいます(正確には、牛が出す温室効果ガスの多くはメタンガス(CH4)ですが、CO2をモノサシとして、CO2換算されて議論されますので、CO2としておきます)
100g当たり:400円、25kg-CO2
このように、100グラム単価に加えて、100グラム当たりのCO2排出量を併記(kg-CO2というのは、温室効果ガスを二酸化炭素換算して質量を表す単位です。他にkg-Cという炭素換算の単位があります)して、消費者に選んでもらうという選択肢もありますが、仮に輸入牛が、同じぐらいおいしそうに見えて、「100g当たり:300円、30kg-CO2」で隣に並んでいた場合、価格は安いけど、CO2は多い、いったい、どうしたらええんや、となり兼ねません。モノサシが増えれば、そのモノの価値が、より正確に、多面的に表される一方で、その分、比較するのは難しくなります。
炭素税
そこで、やっぱり、お金というキング・オブ・モノサシに、CO2というモノサシ候補生が表す価値を、強制的に組み込んでしまいましょう、という考え方が、カーボン・プライシング、それを税金でやってしまおう、というのが炭素税です。たとえば、現在、豚肉と牛肉の価格差は、国産コマ肉であれば、1:3程度だと思いますが、その重量に対するCO2排出量は、1:2程度ですので、100g:100円 vs 600円(300 × 2)となった場合、消費者に与えるインパクトは強烈です(ご理解促進を目的とした極端で刺激的な税制想定です)。CO2を減らす効果は抜群であろうと思われますが、CO2をどうしてもたくさん出してしまう産業にとっては死活問題となりますので、その導入については、各国で慎重な議論が重ねられています。
CO2だけじゃない
増税かぁと、せっかく芽生えつつあったエコでアーシーな気持ちも、ちょっぴり萎えてしまったかもしれませんし、持続可能な発展って大変なんやなぁ、と思って頂いたかもわかりませんが、実は、これだけではありません。地球温暖化と並んで、これからの人類の発展を脅かす存在として認識されているのが、格差、です。
次回は、CO2も含めて、より広い範囲を扱えるようにするためのモノサシ候補である「インパクト」という考え方を紹介します。そして、
ようやくSDGsという4文字というか3.5文字についても触れながら、日本の、中でも地方の持続的な発展というものについて、探って参りたいと思っています。